うつ病患者の増加や働き盛りの自殺が問題となる中、精神保健医療制度改革に
向けた動きが活発化してきた。患者や家族、専門家などで作る「こころの健康
政策構想会議」は、従来の入院重視から、地域でのケアに重点を置く制度改革
を求める提言を長妻昭厚生労働省に先月提出。厚生労働省も提言を受けて検討
を始めた。ただ、改革の実現には課題も多い。
東京都杉並区の女性(41)が統合失調症を本格的に発症したのは高校生になって
まもなくだった。その後20代で自殺未遂。今も幻聴や妄想に苦しみ「死にたい
」と頻繁に口にする。幼少期を海外で過ごし、小学2年で帰国したが言葉や食
生活に慣れる事ができず、小中学校では周囲となじめず、高校入学直後に「学
校に行きたくない」と母親(67)に告げた。
母親は児童相談所で「(女性の)妹もいずれそうなりますよ」と言われ、途方に
暮れた。
女性は高校休学を決めて診療内科を受診したが、胃の不調もあり診断名は「自
律神経失調症」。統合失調症と診断されたのは、21歳で精神科を受診したとき
だった。
精神疾患を発症しやすい思春期では、早期の発見・治療が重要とされ、母親は
今でも「高校生の時に適切な治療ができていれば・・・・」と悔やむ。
「訪問支援」中心に
構想会議ではこうした、必要な医療を受けられずに時間が経過してしまう患者
への対応が最大の課題の一つとされた。提言には、専門医や臨床心理士、保健
師などの多職混合部隊「地域こころの健康推進チーム」を人口10万人に1つ設
置する案が盛られた。
市町村の保健センターなどが主体となり、地域の医師などとチームを組み、常
設の電話相談窓口を設けて年中無休・24時間体制で対応。発症間もない患者を
埋もれさせず、適切な医療機関につなげるのが狙い。
統合失調症などは特に、発症から極力早く治療を始めると改善しやすく、遅れ
れば症状が長引き悪化しやすい。ただ「発症後1年以内に治療を始めれば良くな
りやすいと分かっているが、数年過ぎての来院も多い」と、同会議座長を務めた
東京都立松沢病院の岡崎祐士院長は指摘する。
発症初期は医師ですら「専門外では適切な診断は極めて困難」(厚労省幹部)だ。
構想会議でも患者側から「『何かおかしい』と思ってもたいてい内科に行ってし
まう」「原因が分からず、とりあえず近くの病院に行くしかなかった」といった
意見が相次いだ。
「まず病院に連れだせない」との家族の声もあり、チームは自ら患者のもとに出
向く「訪問支援」を中心とする考えだ。専門医療が必要な場合は医療機関を紹介、
その後も継続的訪問で家族の相談にも乗る。
医療へのアクセスを確保した段階で、次に課題となるのが「適切な医療が提供され
るかどうか」だ。構想会議は「専門医療普及」も掲げ、医師との面談を通じ不安を
和らげる行動・言動を考える「認知行動療法」などを全国で
受けれられるようにすべきだと訴えた。
従来は抗うつ剤などの薬物療法が主流。だが、多剤併用や、使用法の誤りによる副
作用の恐れもあり、最近は認知行動療法などの精神療法を積極的に採用する医療機
関も出てきた。
4年前にうつ病と診断された都内の女性(32)も初めは薬物療法だけだったが、1年ほ
ど前から認知行動療法で2週間に1度、臨床心理士の面接を受ける。自分を否定、悲
観的になりがちだったが、「自分の考え方のクセに気づき、楽になってきた」と話
す。課題は、精神療法の担い手がまだほとんどいないこと。認知行動療法を実施す
る医師や臨床心理士らの教育システムは未整備で、「実施中のところも施設ごとに
内容も質もばらばら」(付属施設で認知行動療法を実施している千葉大学の清水栄
司教授)という。そこで国立精神・神経医療研究センターでは、8月から医師や臨床
心理士らを対象として認知行動療法研修を始める。同様の試みはこれまでほとんど
ない。
費用・担い手カギ
一方、専門家からは構想会議の提言に対し、実現を疑問視する声も上がる。
東邦大学の水野雅文教授(精神神経医学)は「地域医療推進は賛成だが、コストや
担い手の確保が難しいのでは」と指摘。また訪問支援の推進自体について、「度を
越せば患者監視につながる」(大学病院教授)との意見もある。提言には権利擁護
組織や監視機関の設立も盛られた。
構想会議は、在宅治療を継続できる環境を整えて入院治療を減らしていく方針。
ただ、入院治療は従来多かった統合失調症だけでなく認知症やうつ病も増えている。
日本精神科病院協会の河崎建人副会長は「病床削減にはきちんとしたロードマッ
プが必要」と話す。
厚労省はチーム訪問支援の検討会をつくって議論を始め、モデル事業も実施する
方針だ。構想会議は「7年計画」とうたう。先進国から「数十年遅れ」とされる
日本の精神医療保険改革の成否が注目される。